術前の評価
・腎予備機能の評価
Ccrによる評価が基本
腎不全病期 | Ccr(ml⁄min) | 臨床症状 | 麻酔管理の方針 |
---|---|---|---|
腎予備能低下期 | 50~80 | 無症状で体液の恒常性は保たれている | 正常患者として管理する |
腎不全代償期 | 30~50 | 軽度BUN/Creの上昇を認めるが日常生活に大きな支障はない。尿濃縮力低下、高血圧、軽度貧血など | 脱水および腎毒性を有する薬剤の投与を避ける |
腎不全非代償期 | 10~29 | 高度の高窒素血症、アシドーシス、貧血、高血圧、浮腫、低Ca血症などを認め、代償不全の状態 | 術後透析の可能性を考慮する |
尿毒症期 | <10 | 尿毒症が存在 | 透析状況を把握する |
Cockcroft-Gaultの式を用いれば血清Cre、年齢、体重からCcrを推定することが可能
男性:Ccr=(140-age)×(weight)/72/Pcr(mg/dl)
女性:Ccr=(140-age)×(weight)/85/Pcr(mg/dl)
注:体重から筋肉量および尿中Cr値を推定することになるため肥満患者や低蛋白食で治療している患者では実際より値が高く計算されてしまうことになる。
もともと欧米の患者を対象としているため日本のやせた高齢者では実際より値が低く計算されてしまう傾向がある。
- 腎性貧血(Ccr30ml/minの場合はほぼ必発)、電解質異常(高K低Ca血症)の評価
- 代謝性アシドーシスの有無の評価
透析患者の場合
- 術前の透析は手術前日に行う。(透析直後は循環動態が不安定なので)
- 透析が安定しているかの評価
以下の条件を満たせば安定した透析
1. 最近透析条件の変更がない
2. 透析直前に精神症状、呼吸困難、筋力低下がなく、血清K値が6.0mEq/l未満
3. 毎回の除水量が2kg以内で透析中に著しい血圧低下が起こらない。 - 2次性副甲状腺機能亢進症の有無
高Ca血症、骨粗しょう症を生じる。 - 凝固異常の評価
透析患者の場合、PT、APTT、血小板数が正常でも血小板機能障害による出血傾向が見られることがある。 - 冠動脈疾患の評価
CAG上透析患者の36%に有意な冠動脈狭窄が認められる
術中管理 麻酔薬の選択
腎毒性がなくかつ腎排泄依存が少ない薬剤の選択を行う。
- 抗コリン剤
atropine硫酸アトロピン®:通常使用量なら問題なし。50%尿排泄なので繰り返し投与するときは蓄積に注意する。 - 静脈麻酔薬
propofolディプリバン®:ほとんど影響を受けないので推奨される。
midazolamドルミカム®:作用増強があるので投与量を減ずる。
(Ccr10ml/min以下で50%程度が目安。)
thiamylalイソゾール®:作用増強があるので投与量を減ずる。
(Ccr10ml/min以下で75%程度が目安。)
- 麻薬
morphine塩酸モルヒネ®:代謝産物の蓄積があり、作用が遷延するので投与量を減ずる。
(Ccr50ml/min以下で75%、Ccr10ml/min以下で50%程度が目安。)
fentanylフェンタネスト®:ほとんど影響を受けないので推奨される。
大量投与や持続投与は避ける。
remifentanylアルチバ®:血液中及び組織内の非特異的エステラーゼによって速やかに代謝されるため、蓄積性が無く安全に使用できる。 - 吸入麻酔薬
腎排泄されず腎血流量に変化をきたさないため、腎機能障害患者の麻酔に適している。 - 筋弛緩薬
脱分極性筋弛緩薬
suxamethoniumレラキシン®:麻酔導入時のカリウム濃度が5mEq/ml以下であれば使用は安全と考えられる。
非脱分極性筋弛緩薬
vecuroniumマスキュラックス®:腎排泄は10~20%なので作用時間は正常時と比べ てせいぜい20%延長する程度であり著しく作用時間が延長することはないが筋弛緩モニターを使用したほうが安全。 - 代用血漿剤について
日本のものは欧米で主に使用されているものよりも平均分子量がかなり小さく、腎機 能に与える影響は少ない。ヘスパンダー?サリンヘス?についてはバイタルサインを適正 に維持している限り、問題ない。低分子デキストランL?については腎障害の報告もある が適正な補液をおこなえば腎障害は予防できると考えられる。
麻酔中の腎機能保護
- 血圧の維持
血圧の低下により腎血流が容易に低下する。 - 浅い麻酔は避ける
交感神経の緊張により腎血管が収縮しさらに腎血流が減少する。 - 循環血液量を保つ
体重が基準体重(dry weight)+1/2平均除水量(kg)であることが適切な循環血液量の目安。循環血液量の減少によって腎血流が容易に低下して 腎機能がさらに悪化する。(脱水のまま利尿剤を使用すると、さらに腎虚血を進めることになる。)術中尿量は2ml/kg/hrを目安に輸液や輸血を行う。 浸襲の大きい手術ではCVP、SGでのモニターをおこなう。心機能に問題がなければ過剰輸液気味にしたほうが管理しやすい。 - 腎毒性のある薬剤(NSAIDS、抗生物質とくにアミノグリコシド系)の使用は避ける。
- 腎保護作用のある薬剤
furosemideラシックス®:Na能動輸送を抑制し酸素消費量を減らすことにより腎での酸 給バランスを改善さるが、生存期間の改善や腎 機能の改善については否定的。脱水の状態で使用すると、尿量は 増えるが腎虚血を進め腎機能は悪化するので注意。明らかに過剰 輸液の場合や高K血症があるときは積極的に使う。
mannitolマニトール®:0.5~1.0g/kg投与。心臓手術や大血管手術でよく使用される。 腎皮質への血流増加作用、虚血腎の浮腫軽減、フリーラジカル除 去作用により腎機能を保護するとされている。腎血流が減少する 前に投与するのが大事。
prostaglandinE1プロスタンディン®:0.01~0.02μg/kg/min 投与。腎血管の拡張作用に より腎血流を増加させるといわれている。低血圧による腎血流 減少に注意。むしろ術後腎機能を悪化させたとの報告もある。
Atrial natriuretic peptideハンプ®:0.025~0.05μg/kg/min投与。 輸入細動脈拡張、輸 出細動脈収縮によりGFRを増加させ腎機能保護作用があるとの 報告がある。低血圧による腎血流減少に注意。
dopamineクリトパン®:1~3μg/kg/min投与。低容量で腎血流量を増加させるといわれ ているが効果について近年否定的な報告が多い。
透析患者の場合の術中の注意点
体位によるシャントの圧迫、閉塞に注意。
末梢静脈確保はシャントのない四肢で今後シャント造設に使用しない血管を選ぶ。
(シャントがない腕の手背が第一選択)。
骨粗しょう症による骨折に注意。
- 【参考文献】
- 貝沼関志:6.麻酔と腎機能:麻酔科学レビュー2006、天羽敬祐監修、総合医学社、東京、pp33~40
- 堀ノ内節、加藤正人:慢性腎機能低下・非透析患者の開腹手術の麻酔:麻酔科診療プラクティス8 よくある術前合併症の評価と麻酔計画、岩崎寛ほか編集、文光堂、東京、pp116~118、2004
- 堀ノ内節、加藤正人:慢性腎不全により透析中の緊急開腹手術の麻酔:麻酔科診療プラクティス8 よくある術前合併症の評価と麻酔計画、 岩崎寛ほか編集、文光堂、東京、pp120~121、2004
- 宮尾秀樹:人工膠質液:麻酔科診療プラクティス18 周術期の輸液・輸血療法、稲田英一ほか編集、文光堂、東京、pp120~121、2004
- 高折益彦ほか:代用血漿剤と臨床:克誠堂出版、東京、pp17-23、2004
- 西部伸一、橋口さおり:8章 合併症のある患者の麻酔 透析患者:麻酔研修マニュアル、武田純三監修、南光堂、東京、pp115~117、2001
- 臨床透析編集委員会:腎不全時の薬物使用 適正投与法のガイドライン2000:臨床透析vol.16 No.3、2000
- 山本博俊:症例検討:腎不全の麻酔.LiSA 5:pp484~488,1998
- J.W.Sear:Kidney disfunction in the postoperative period:British Journal of Anestesia95(1):pp20~32,2005
- BellomoR, ChapmanM, FinferS, HicklingK, MyburghJfor ANZICS Clinical Trials Group.:Low-dose dopamine in patients with early renal dysfunction:a placebo-controlled randomized trial. Lancet2000;356:2139-43