COPDと気管支喘息はともに慢性の閉塞性肺疾患で、ともに気道炎症が病態形成の重要な要素である。
1)術前管理:まず術前評価をしっかりと行う
喘息の重症度は症状とPEF(最大呼気速度)、FEV1.0によってステップ1~4まで4段階に分類できる
喘息の重傷度分類
- 刺入操作は未分画ヘパリン投与から4時間空ける。高濃度未分画ヘパリン皮下注(ヘパリンカルシウム)では,投与後10時間は空ける。
- 未分画ヘパリン投与は刺入操作から1時間空ける。
- カテーテル抜去は未分画ヘパリン投与の1時間前。または最終投与から4時間後に行う。
高濃度未分画ヘパリン皮下注(ヘパリンカルシウム)では,最終投与から10時間は空ける。
症状の回数 | 症状の程度 | 夜間症状の頻度 | ref、%fev1.0 | |
---|---|---|---|---|
ステップ1 軽症間欠型 |
週1回未満 | 軽度 | 月1~2回 | 80%以上 |
ステップ2 軽症持続型 |
週1回以上 毎日ではない |
日常生活や睡眠が妨げられる (月1回以上) |
月2回以上 | 80%以上 |
ステップ3 中等症持続型 |
毎日 | 日常生活や睡眠が妨げられる (週1回以上) 吸入β2刺激薬ほぼ毎日必要 |
週1回以上 | 60~80% |
ステップ4 重症持続型 |
毎日 | 治療下でもしばしば増悪 日常生活に制限あり |
しばしば | 60%未満 |
ステップ3以下の状態であれば予定手術・麻酔可能と判断して薬物療法を中心とした治療を行う。術前の1~2週間に発作のないことが望ましい。 ステップ4では状況により手術の延期も考慮する。
COPDの診断基準
- 気管支拡張剤投与後のスパイロメトリーでFEV1/FVC<70%を満たす
- 他の気流制限を来しうる疾患を除外する
COPDと鑑別を要する疾患
- 気管支喘息、びまん性汎細気管支炎、先天性副鼻腔気管支症候群、閉塞性細気管支炎、気管支拡張症、肺結核、塵肺症、肺リンパ脈管筋腫症、うっ血性心不全
FEV1/FVC | %FEV1 | 慢性症状(咳嗽、喀痰) | |
---|---|---|---|
0期 COPDリスク群 |
正常 | 正常 | あり |
ⅰ期 MildCOPD |
<70% | ≧80% | 有無を問わない |
ⅱ期 ModerateCOPD |
<70% | 50~80% | 有無を問わない |
ⅲ期 SevereCOPD |
<70% | 30~50% | 有無を問わない |
ⅳ期 VerySevereCOPD |
<70% | <30%あるいは <50%かつ慢性呼吸不全か右心不全合併 |
COPDの術前評価
- COPD病期分類と、日常生活の状態の評価にHugh-Jones分類を用いる
- Flow-Volume曲線と血液ガスデータも参考に
Hugh-Jones分類
- Ⅰ度:健常者と同様に歩行可能。階段・坂道昇降が可能
- Ⅱ度:健常者と同様に歩行可能。階段は登れない
- Ⅲ度:自分のペースならば1.6km以上歩ける
- Ⅳ度:休みながらであれば50m歩行可能
- Ⅴ度:会話・衣類の脱着にも息切れあり。息切れのため外出不能
(Hugh-Jones分類は酸素吸入の有無は考慮されていない点に注意。酸素吸入をしていれば基本的にⅣ~Ⅴ度と考えるべきである) - Hugh-Jones分類Ⅲ度以上では術後、人工呼吸器からの離脱が困難である可能性がある。
- COPD病期分類Ⅰ、Ⅱ期の手術によるリスクは一般の人と同様で、特別の処置は不要
- Ⅲ期以上の患者は前もって注意が必要
- 合併症の発生率は手術部位によって異なり、横隔膜から離れるとリスクが減少する
- 上腹部の手術はすべての患者に対して術後肺合併症のリスクが存在する
- 化膿性気管支炎、無気肺、肺炎、肺梗塞、肺うっ血、心不全、呼吸不全などが主な合併症
呼吸機能検査
Flow-Volume曲線が評価しやすい
健常人:呼気時の曲線は急峻に立ち上がりほぼ直線的に減少
COPD:ピークフロー(曲線の高さ)が低い。初期のピークに達した後は下に凸の曲線を描いて減少する。重症になるほど減少部分のカーブは強くなる。
血液ガスデータ
- 血液ガスは必ずしも重症度とは相関しない
- PaO2<70torr or paco2>45Torrでは要注意…中枢の呼吸ドライブがPaO2ドライブになっているため、高濃度の酸素吸入はCO2ナルコーシスを起こす危険性がある
- PaO2<60torr以下の低酸素血症では肺高血圧の合併頻度が高く、高炭酸ガス血症が加わると肺動脈圧はさらに上昇する
2)術前に行う治療
a 禁煙
- 手術前8週間以内の禁煙はかえって手術後の呼吸器合併症のリスクを増大させるという報告がある。この理由として禁煙に一過性に気道の粘液産生が増えること、 気道刺激の低下により咳が減少することなどが挙げられている。(文献によっては4週間以内とするものもある。)
b ステロイド薬→気道の慢性炎症を軽減
- 吸入用ステロイド(プロピオン酸ベクロメタゾン・ベコタイド?)
- ステロイド静脈内投与(ヒドロコルチゾン、メチルプレドニゾロン)症状が不安定な患者や1秒量が自己最良値の80%未満の場合、 手術前日および当日にヒドロコルチゾン100~300mg投与する
- コハクエステル型のステロイド薬(ハイドロコルチゾン、メチルプレドニゾロンなど)はアスピリン喘息では発作を誘発することがあるので、 使用は避けた方がよい。デカドロンならOK。
c 気管支拡張薬→気道閉塞を改善し、症状を軽減する
- 経口や定量噴霧式β2刺激薬
- テオフィリン使用の際は、血中濃度8~12μg/mlになるよう投与量の調整が必要
- COPD患者では抗コリン薬の吸入も有効。
d 抗生物質の投与(必要時)
- COPD急性増悪の原因である気道感染防止のため、感染症状が認められる場合は早めに投与
- H. influenzaeが起炎菌として多い。CTMパンスポリン、SBT/ABPC ユナシンS、ABPCビクシリン、CTXセフォタックスなど
e 前投薬
- 特に必要ない
日本呼吸器学会ガイドライン(JRS2004)によるCOPDの病期ごとの薬物療法
- 0期:禁煙、インフルエンザワクチンの接種
- Ⅰ期:必要時に応じ短時間作用性気管支拡張薬を使用
- Ⅱ期:呼吸リハビリ、長時間作用性気管支拡張薬を使用
- Ⅲ期:吸入ステロイド薬の考慮
- Ⅳ期:長期酸素療法(呼吸不全時)、外科的治療の考慮
3)麻酔法の選択
気管挿管は最大の気道刺激であるので喘息発作の原因にもなる。
脊椎くも膜下麻酔や硬膜外麻酔で行える場合は気管挿管をしないことも考える。
吸入麻酔薬には気管支拡張作用がある。
麻酔中の喘息発作、気管支攣縮は比較的発生頻度の高い麻酔合併症である。
- プロポフォールは急速導入に用いた場合、バルビタール系薬剤と比較し、喘鳴が少ないという報告がある。導入はプロポフォールを用いる。
- 挿管直前にリドカインを1~2mg/kg静注することも有用である。
- 麻薬のうちモルヒネはヒスタミン遊離作用により喘息発作を引き起こすことがあるので使用しない。
- ラリンジアルマスクは気管挿管に比べ喘息発作を軽減できるので、使用できれば望ましい。
- I:E比は1:3~1:5程度にし、呼気に時間をかける
- 圧外傷を予防するため、気道内圧は低めにする(特にCOPD患者)
- 術後の呼吸管理のためにも、硬膜外麻酔など使用して鎮痛をしっかり行う(特にCOPD患者)
開腹手術では痛みにより横隔膜の動きは悪くなるため、換気予備力のないCOPD患者では術後の完全鎮痛が非常に重要となる
- COPDの多くは肺気腫が原因であるため、亜酸化窒素の吸入は勧められない
- 過剰な輸液負荷を避ける
- 輸液なすぎても喀痰が粘調になるため、適切な量を輸液する
- PEEPは酸素化には有効であるが、肺の過膨張をきたすため、使用しないほうがよいという見解もある。 発作時やCOPDの急性増悪時にはPEEP2~4cmH2Oが良いとされている。
- 麻薬を使用する際には呼吸抑制に注意
- ある程度のCO2蓄積は容認(80~90mmHg程度まで)するが、脳内占拠病変がある患者ではCO2の蓄積は有害である
- 術中および抜管前には頻回に喀痰を吸引する必要がある。ただし、バッキングさせてはならない。
- 抜管はバッキングによる圧外傷の防止と気道刺激による発作防止のため覚醒する前に行う。 筋弛緩が残っている状態で抜管し、ラリンゲルマスクに入れ替えてから覚醒させるのがよい。
4)術中喘息発作の治療
a 吸入麻酔薬
- 全身麻酔中は第1選択となる。他の気管支拡張薬の効果が出るまでのつなぎとしても有効
b β2刺激薬吸入
- プロテカロール(メプチンエアー?)など
既往歴で異常反応がなければ第1選択。麻酔回路と気管チューブの間に組み込んだスペーサー内へ定量式噴霧吸入器(MDI)を用いて投与 - エピネフリン皮下注3μg/kg程度(0.1~0.3mL皮下注射、20~30分間隔で反復可)
- イソプロテレノール(プロタノール)
c アミノフィリン(ネオフィリン?)
- 血中濃度に注意。濃度が上がると、頭痛、悪心・嘔吐、頻脈・不整脈、痙攣などの症状が出る
- テオフィリン製剤は弱った呼吸筋力を回復させる作用もある。
- 内服薬を使用している場合には使用量に注意する。(テオフィリン製剤を1日600mg以上投与されている場合、あるいはテオフィリン血中濃度が 8μg/mL以上のときには、アミノフィリンを半分もしくはそれ以下に減量する)
d 抗コリン薬
- 臭化イプラトロピウム(アトロベント?)吸入投与
- 臭化オキシトロピウム(テルジカン?)吸入投与
e ステロイド
- 喘息発作時:ヒドロコルチゾン10mg/kg
- 発作継続時:4時間ごとに5mg/kg追加投与
f リドカイン
- 1~2mg/kg静脈内投与
g ケタミン
- 気管支拡張作用あり
h ドロペリドール
- 抗コリン作用あり
5)麻酔終了時
- 手術終了時に喘息様症状が改善されている場合
誤嚥の危険がなく、マスクによる気道確保が容易であると判断される場合には、深い麻酔濃度を維持したまま、胃内・口腔内吸引したうえ抜管し、マスクで覚醒させる。 - 挿管たま覚醒したが喘息れる場合
術中喘息発作の治療を行う。改善しなければ麻酔薬を使用して十分鎮静し、ICUでの呼吸管理を行う。 - ワゴスチグミンによるリバースの使用可否
リバースにより喘息発作を誘発する可能性があるので、慎重に投与する。
術前コントロールが不十分なものや、術中に喘息症状を認めた患者には使用しない。
COPD患者では、換気予備力が非常に少ないため、筋弛緩薬の完全拮抗は重要である。
6)COPDの急性増悪への対応(術後も含めて)
急性増悪の確定した定義は今のところ存在しないが、国際的に汎用されているものとしてはRodriguez-Roisinによる定義「患者の状態の持続的な悪化、 すなわち安定期および通常の日内変動を越え、急性発症し、患者のCOPDに対する基礎治療に加え新たな治療を必要とするもの」などがある。
- 増悪は禁煙で1/3に減少、気道感染と大気汚染も原因として多い。
- インフルエンザワクチンは上・下気道の感染を予防しCOPD患者の重篤な病状や死亡を約50%減少させる (急性増悪の原因の約80%は上・下気道の感染症と考えられている)
- COPD病期分類Ⅰ期では多くは入院の必要はないが、Ⅱ期では必要になることが多い。Ⅲ期以上は入院が必要である。
a 増悪時の薬物治療
- 酸素投与、短時間作用型β2刺激薬と吸入抗コリン薬の併用
- アミノフィリンの静脈内投与
- 副腎皮質ステロイドの全身投与
- 抗生物質(細菌感染合併時)
b 換気補助療法
- 増悪時の補助換気療法としては、非侵襲的陽圧換気療法(NPPV)が第一候補となる。O2投与で様子を見て、 さらに悪化すると挿管するという従来の方法より、早期にNPPVを施行したほうが生命予後を改善する。設定IPAP8、EPEP4
- NPPVの成功率は80~85%と高く、血ガス所見の改善、息切れの軽減、入院期間短縮、mortalityの改善などのエビデンスがある。
- NPPVが選択されるべきであるが、誤嚥がある場合、分泌物喀出が困難な場合はIPPVとする。
NPPVの適応
- 通常を上回る中等度から高度な呼吸困難かつ呼吸回数>24回or呼吸補助筋の使用or奇異性呼吸運動
- 呼吸性アシドーシスまたは高二酸化炭素血症(pH<7.35 or paco2>45)
- PaO2/FiO2<200
NPPVの除外基準
- 呼吸停止
- 環動態が不安定な患者(低血圧性ショック、制御できない心筋虚血や不整脈)
- 誤嚥のリスク
- 過剰な気道分泌
- 興奮状態、治療に非協力的
- マスク装着に支障のある、顔面の外傷、火傷、あるいは解剖学的異常
NPPVの初期設定
- IPAP 8cmH2O、EPAP 4 cmH2O
c ICU入院の適応
- 初期治療に対して不応性の重度の呼吸困難
- 不安定な精神状態
- 呼吸管理が必要な場合
7)COPDの予後
- 年齢が高いと予後不良
- 男性は女性に比べ予後不良
- 高二酸化炭素血症の有無は予後と関係なし
- PvO2(混合静脈血酸素分圧)<35torrは予後不良
- 喫煙継続例は予後不良
- 肺高血圧あるいは肺性心(肺高血圧による右室の肥大と拡張)の合併は予後不良
- 慢性呼吸不全患者に対する1日15時間以上の長期酸素療法は生存率を増加させる